ショート新約 ルカによる福音書1章〜
献呈の言葉 1章1〜4節 2008年1月06日
新共同訳聖書には小見出しが付いている。1節から4節の部分は「献呈の言葉」とある。著者ルカが、テオピロというローマ政府の高官に、救い主イエス・キリストについてよく知ってもらうために献呈したものだからである。歴史家であったルカは、それまで口伝えに流布していたイエス様の物語と教えを文書化する必要を感じるようになった。ルカの記述には、キリスト降誕の書き方に示されているように歴史的配慮がある。書き出しの4行は、新約聖書中で最も優れたギリシャ語だといわれる。テオピロは、このルカの手紙を読んでイエス様を信じて救われた。続いてルカは、次に使徒行伝を彼に献呈している。(伊藤)
ザカリヤとエリサベツ 1章5〜25節 2008年1月13日
ルカによる福音書は、序文の後は、キリストの先駆者となったバプテスマのヨハネの誕生の経緯から始まる。父はザカリヤ、母はエリサベツで、祭司の家系に属していた。この頃、祭司は2万人位いたと言われ、それが24組に分けてあった。ユダヤ三大祭以外の儀式には、年に二度、一週間のつめとが割り当てられた。ザカリヤの属するアビヤの組が当番になった時、祭司職の慣例にしたがってくじを引いたところ、ザカリヤに当り、彼は聖所に入った。ザカリヤが香をたいている時、御使いガブリエルは不妊の妻に男の子が産まれる事を告げた。すると彼は「私は老人ですし、妻も年をとっています」と不信仰だったため、しばらく口が利けなくなった。やがて約束通り、エリサベツは身重になった。(伊藤)
御告げを受けたマリヤ 1章26〜38節 2008年1月20日
祭司ザカリヤの妻でユダの山里に住む老年のエリサベツが身ごもって「六か月目」のことでした。御使ガブリエルが神様から遣わされてマリヤのもとに来ました。マリヤはガリラヤの町ナザレに住んでいました。御告げを伝える御使とマリヤの会話が記されています。穏やかな日常生活のひとこまのような場面です。神殿で御使が祭司ザカリヤに現れた様子は1章に出ていました。ザカリヤは「おじ惑い、恐怖の念に襲われた」(1章12節)のでした。これに対して主とともにあったマリヤの穏やかな様子は印象的です。マリヤは「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」と応答しました。この時、合わせて老年のエリサベツについて知らされたことも、大きなささえだったと思います。主の恵みでした。(市川)
マリヤの賛歌 1章39〜56節 2008年1月27日
マリヤは大急ぎで山里、ユダの町に向かいました。エリサベツに会うためです。「エリサベツがマリヤのあいさつを聞いたとき、その子が胎内でおどった」(1章41節)のでした。御使の言葉のとおりでした。マリヤは救い主の母とされたのだと、さらに確信したでしょう。46節以降は有名なマリヤの賛歌と言われ、サムエルの母、ハンナがささげた賛美がお手本になっています。マリヤは主の御言葉を思い巡らしながら生活していたのでしょう。暗雲立ち込める立場に立たされたマリヤですが、ここには主への賛美と輝くような喜びが満ちています。主に全てを委ね、まことに「主のお語りになったことが必ず成就すると信じた女は、なんとさいわいなことでしょう」。(1章45節)(市川)
ザカリヤの賛歌 1章57〜80節 2008年2月3日
ユダヤには、生まれた男の子に、父や祖父の名をつける習慣があったが、ザカリヤは一粒種の子に「ヨハネ」と名づけ、神の命じられるとおりにした。さて、ザカリヤは聖霊に満たされて神を賛美する。ザカリヤの賛歌は、最初の「ほむべきかな」のラテン語訳から「ベネディクトゥス」と呼ばれている。この賛歌は、68節〜75節と76節〜79節の二つの部分に分けられる。前半は預言を成就させ、契約を果たし、誓いを実行し、救いをもたらして下さった神への賛美が歌われている。そして後半の76節からは「暗黒と死の陰とに住む者を照らす」方である救い主が救いのわざをなすのに先んじて、今生まれたヨハネの役割が予告されている。「主のみまえに先立って行き、その道を備え」るヨハネの務めは、旧約聖書イザヤ書40章3節、マラキ書3章1節に預言されている事である。(伊藤)
救い主の誕生 2章1〜20節 2008年2月10日
今日の交読箇所は、クリスマスには必ず読まれるところである。歴史家ルカは、イエス様の誕生が当時の世界史の背景と深い関わりがあった事を明らかにしている。ローマ皇帝による定期の戸籍調査は14年ごとに行われ、徴税と徴兵の二重の目的で行われたと記録に残っている。だからイエス様の誕生がいつ頃かという年代が推測できる。その救い主の誕生を御使いから最初に告げられたのは、貧しい羊飼いであった。御使いの言葉を聞いた彼らは幼子を探しに行き、彼らを見つけると、自分たちに告げ知らされた内容をヨセフとマリヤに語り、「見聞きしたことが何もかも自分たちに語られたとおりであったので、神をあがめ、また賛美しながら帰って行った」(20節)。何と美しい光景だろう。 (伊藤)
シメオンとアンナ 2章21〜40節 2008年2月17日
御使の告げたとおり、幼な子はイエスと名づけられました。律法のとおり、きよめの期間が過ぎたとき、すなわち生後40日目に、両親は幼な子を連れてエルサレムの神殿にやって来ました。幼な子を主にささげるためでした。今も家庭に赤ちゃんが与えられた場合、教会で献児式が行われます。主に感謝をささげ、養育を任せてくださった主の御心にふさわしく信仰を育み、養育するために、主の助けと祝福を願うのです。信仰と聖霊に満ちた高齢のシメオンもアンナも、祈りのうちに救い主のおいでを待ち望んでいました。彼らは、この日、ちょうど神殿にはいって来たヨセフとマリヤ、そして幼な子イエス様にお会いしたのです。主の約束と導きは確かでした。イエス様は、神様が万民のまえにお備えになった救い、異邦人を照らす啓示の光、み民イスラエルの栄光なのです。(市川)
少年イエス様 2章41〜52節 2008年2月24日
イエス様の少年時代に関する貴重な記事です。12歳のイエス様は過越の祭を守るため両親に連れられてエルサレムの神殿に出かけました。ナザレから南に徒歩の旅です。帰路についた両親は一日後、旅のグループにイエス様が見当たらないことに気づきました。捜しながら道をひきかえし、とうとう神殿に戻ってきました。イエス様は神殿で教師たちのまん中に座って話を聞いたり質問していました。律法のプロがイエス様の賢さに驚嘆したほど、旧約聖書を深く心に刻んでいました。母の問いに、ご自分が父なる神様によって地上に遣わされたことを思い「わたしが自分の父の家にいるはずのことを、ご存じなかったのですか」とお答えになったのです。(市川)
バプテスマのヨハネ 3章1〜20節 2008年3月2日
ここで著者のルカはバプテスマのヨハネを公式に紹介する。「皇帝テベリオ在位の第15年…神の言が…ザカリヤの子ヨハネに臨んだ」(1、2節)という冒頭の言葉はヨハネの宣教という前ぶれをもって、イエス様の公生涯の開始を告げる。これはルカがイエス様を世界の歴史の流れに位置づけているからだ。荒野にいたバプテスマのヨハネは集まってきた人々に、悔い改めなければ救われないことを熱く説く。彼は、良い実を結ばない木を農夫が斧で切り倒すように、神様の裁きを告げる。これは脅しではなく、新しい、清い心を作る為である。そしてヨハネは各自が「悔い改めにふさわしい実を結べ」と勧めている。(伊藤)
イエス様の系図 3章21〜38節 2008年3月9日
イエス様が洗礼を受けられたのは、洗礼を受けることが神のみこころであり、私たちの模範となるからである。23節には「イエスがは宣教を始められたのは、年およそ30歳」とある。それまでイエス様は人々の考えによれば「ヨセフの子」で、その系図をさかのぼれば、アブラハムはおろかアダムにまで達する。ユダヤ人が「われわれの先祖はアブラハムだ」などと考える自慢の種は、どこにもない。全ての人がイエス様と同じ係わり合いを持つのである。全人類はアダムの子孫で、ギリシャの詩人が「われわれも、…その子孫である」(使徒17:28)と言った通り、神様の子孫である。ですから、人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、神を見出せるようにして下さった」(使徒17:27)のである。(伊藤)
荒野の誘惑 4章1〜13節 2008年3月16日
イエス様は洗礼をお受けになった後、御霊の導きのうちに荒野で断食と祈りのときを過ごされ40日に及びました。このとき悪魔の誘惑をお受けになりました。イエス様は神であられ、全てをみ手に治め最高の権威をお持ちです。悪魔の誘惑に即刻勝利できる権威をお持ちにも関わらず、人間としての制限のなかで、神の権威や自由を敢えてお使いになりませんでした。救い主の使命を完全に果たすためでした。わたしたちには思いも及ばない誘惑だったのではないかと想像します。悪魔は神様の救いのご計画を無効にしようと誘惑しましたが、イエス様は勝利なさいました。み言葉による勝利のお姿は、信仰をもって主により頼む全ての者に対して、同じように、み言葉によって勝利を得られる、という模範となってくださいました。 (市川)
この聖句は成就した 4章14〜30節 2008年3月23日
27節の「多くのらい病人」を「重い皮膚病にかかった多くの人」に読み替えてくださるようにお願いします。イエス様は、聖霊に満ちあふれガリラヤへ帰られました。安息日に会堂で、会堂司から羊皮紙の巻物のイザヤ書が手渡されました。イエス様はイザヤ書61章をお読みになり「この聖句は、あなたがたが耳にしたこの日に成就した」とお話されました。旧約聖書で預言された救い主が今ここにいらっしゃるのです。悪魔と罪に縛られた人々に、真の解放と自由を与えてくださる救い主の訪れは、主が与えてくださる恵みのはじまりなのです。しかし、ヨセフの子ではないか、と故郷の人々は言いました。列王紀上17章、列王紀下5章の通り、多くのやもめがいたのに、エリヤはシドンのやもめにだけつかわされ、エリシャの時代イスラエルに重い皮膚病にかかった多くの人がいたのに、他国シリヤのナアマンだけがきよめられた、そのように、信仰によって主を待ち望む者に恵みが与えられるのです。 (市川)
人間をとる漁師に 5章1〜11節 2008年4月6日
これまで主としてユダヤ教の会堂で教えておられたイエス様は、今やゲネサレ湖畔(ガリラヤ湖)に立っておられる。大勢の人々が神様の言葉を聞こうとして押し寄せてきたので、イエス様は、シモンと呼ばれたペテロの小舟に乗り、舟の上から人々にお話をされた。お話が終わった後に、イエス様はペテロに「沖へこぎだし、網をおろして漁をしてみなさい」(4節)と言われた。ペテロはこの言葉に驚いて、漁師の私たちが「夜通し働きましたが、何も取れませんでした。しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう」(5節)と半信半疑ながら従った。その結果は大漁だった。ペテロは、神様の力と、それを信じなかった自分の罪深さを知らされた。この時、イエス様はペテロを「人間を取る漁師」即ち、伝道者としてお召しになった。(伊藤)
罪を赦す権威 5章12〜26節 2008年4月13日
12節に記されている「全身重い皮膚病の人」の癒しも、その後の「中風の人」の癒しの記事も、イエス様が、地上で罪を赦す権威を紹介する契機として述べている。23節では「あなたの罪はゆるされたと言うのと、起きて歩けと言うのと、どちらがたやすいか」と問いかける。中風の人の癒しの場合、イエス様の言葉には病気を直す力も、罪を赦す力も備わっていることを明らかにされた。だから「『人の子(イエス様)は地上で罪をゆるす権威を持っていることが、あなたがたにわかるために』と彼らに対して言い、中風の者にむかって、『あなたに命じる。起きよ、床を取り上げて家に帰れ』」と言われた」(24節)。イエス様は、後日弟子たちを世に遣わす時、彼らが罪の赦しをもたらすメッセージを携えて行く事を予告している(24:47)。(伊藤)
新しい歩み 5章27〜39節 2008年4月20日
レビとは取税人マタイです。マタイは、イエス様に従って新しい歩みを始めました。彼は、取税人時代の仲間たちにイエス様を紹介したかったのでしょう。自分と同じように、彼らも主の愛を知って主を受け入れ、新しい生活に進んでほしいと願ったのでしょう。自分の家で盛大な集まりを開きました。マタイを始め仲間たちは、イエス様の「健康な人には医者はいらない。いるのは病人である。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」。このお言葉を聞いて、どこにも見出せなかった希望の光と真の愛を、イエス様というお方に見たことでしょう。新しい着物と新しい皮袋の譬は、ユダヤの人々が、神に受け入れられようと築き上げたこまごまとした事々から解放されるべきこと、イエス様を信じて始まった新しい歩みは、イエス様の命の充満と、み言葉の光に育まれるべきだと教えて下さったのではないでしょうか。 (市川)
礼拝と愛と善行 6章1〜11節 2008年4月27日
出エジプト記20章に神様がお定めになった、人間が守るべき十戒が記されています。第四戒には「安息日を覚えて、これを聖とせよ」とあります。イエス様は主なる神様です。安息日を定めて、この日を主を礼拝する日としてくださった方です。しかし、ことにパリサイ人たちは、人間が定めた安息日の規定を守ろうと努力していました。本来の教えである、安息日に主に感謝し、主を礼拝するということを忘れて本末転倒でした。その本末転倒ぶりに気づかせて下さるためにも、イエス様は、会堂で、安息日に、人々の見ている前で、あえて手のなえた人を癒してくださいました。主を愛し、隣人を愛し、善を行うことは御心にかなったことです。彼らはこのことに気がついて、柔らかな心で悔い改め、主を愛し、隣り人を愛し善行に励むべきでしたが、11節のようでした。 (市川)
12使徒の選び 6章12〜19節 2008年5月4日
イエス様は山に行って、夜を徹して祈られた。夜が明けると、弟子たちの中から12人を選び、これに使徒と名づけられた。使徒とは、ギリシャ語でアポストロスと言い、派遣される者という意味である。それは使節あるいは大使の意味に用いられる。選ばれた12使徒たちは、皆平凡な人々である。学者や権力者、財産家や有名人がいるわけではない。性格も職業も様々だ。後に愛の人と言われたヨハネも、短気な雷の子だ。あとでイエス様を裏切るユダもいる。漁師もいれば、取税人や反する立場の熱心党員もいた。けれどもそのような彼らがキリストにあって、互いに愛しあい、互いに仕えあって一つとなって奉仕していったのは素晴らしい。それは彼らが自分で選んだのではなく、選ばれたからである。(伊藤)
4つのさいわい、4つのわざわい 6章20〜26 2008年5月11日
ここには4つのさいわい、4つのわざいが対照的に記されている。20節と24節、21節前半と25節前半、21節後半と25節後半、22節と26節である。「貧しい人」「いま飢えている人」「いま泣いている人」「人の子(キリスト)のために、排斥し、ののしり、汚名を着せるとき」はさいわいである。反対に「富んでいる人」「今満腹している人」「今笑っている人」「人があなたがたをほめるとき」は、わざわいである、という。このような事は、世の常識からでは考えられない。むしろ逆である。しかしイエス様は、こうした世の常識は、物質的尺度、この世の尺度、表面的な尺度であって、罪によって歪められた人間の尺度に過ぎないと言うのであろう。そのような尺度から解放されて、霊的な真理、内面的な現実、終末の到来の見地から見る時、人はイエス様の言われた事が理解できる。(伊藤)
ゴールデンルール 6章27〜38節 2008年5月18日
イエス様が望まれた信仰者の生き方です。わたしはこれを守ることができるか、と問うなら「どうやっても、守ることができません」と答えるほかありません。あるいは形だけ守る、という方法もあります。しかし、イエス様はこう教えてくださいました。31節、「人々にしてほしいと、あなたがたの望むことを、人々にもそのとおりにせよ」。マタイによる福音書7章12節のみ言葉に代表される黄金律です。これは信仰者の倫理の基礎であり、人間関係の基本です。35節の「そうすれば受ける報いは大きく」とある、大きな報いとは、父なる神様と似た性質の者とされる、という祝福です。「いと高き者」とは天のお父様である神様です。イエス様を信じたことによってすでに神の子としていただきましたが、その立場にふさわしい者、天の御国に住むにふさわしい者と造りかえてくださる、という祝福です。(市川)
恵みの量り 6章39〜49節 2008年5月25日
「いったい、あなたを偉くしているのは、だれなのか。あなたの持っているもので、もらっていないものがあるか。もしもらっているなら、なぜもらっていないもののように誇るのか。」(コリント人への第一の手紙4章7節)。「ただで受けたのだから、ただで与えるがよい。」(マタイによる福音書10章8節)。主の赦しと恵みによって生かされていることを忘れないように歩みたいものです。そうするなら「自分の目にある梁」を認めることができて、謙遜と愛をもって生きられるでしょう。良い木は良い実をならせます。ですから、造りかえていただいて、良い木にしていただきたいものです。また、心を造りかえていただいて、心の倉に良い物を満たしていただきたいものです。そして主に土台を置いて歩みたいものです。 (市川)
賞賛された百卒長の信仰 7章1〜10節 2008年6月1日
百卒長は、彼の頼みにしていた僕が病気で苦しみ、今や瀕死の状態でした。この時、彼はイエス様のことを聞いてユダヤ人の長老たちをイエス様の所に遣わして、彼の僕を助けて下さるようにお願いしたのです。すると、イエス様は、「行ってなおしてあげよう」と言って、すぐに彼の家に向かわれたのです。そのことを知った彼は、わたしの配下の兵卒は、「行け」「来い」「これをせよ」という一言の命令を必ず実行します。イエス様が来て下さらなくても、最高の権威者であるイエス様の一言で、僕は必ずなおります。だから「ただ、お言葉を下さい」と言ったのです。イエス様は、彼のこの信仰を賞賛したのです。(伊藤)